※下記は経営者通信1号(2009年5月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
―1999年、東証マザーズが「未来のソニーやホンダに事業資金を提供する」という目的で創設されました。東証マザーズを始めとする新興市場の上場基準は従来に比べて大幅に緩和され、赤字会社がIPOすることも珍しくありませんでした。その結果、上場企業の量的拡大が進む一方で、粉飾決算や業績低迷などの質的劣化も進みました。笹本さんはこの状況をどう見ていますか。
笹本:いま新興市場に対する信頼は大きく揺らいでいます。その原因は、新興上場企業の“未熟さ”にあります。本来、会社は「家業」、「事業」、「企業」、「上場企業」という順に、きちんと段階を踏んで成長していくべきです。ところが、新興市場の創設以来、「事業」もまだ確立していない会社が一足飛びで「上場企業」になるケースが急増しました。結果、新興上場企業の業績低迷や不祥事などが頻発し、投資家からの信頼が大きく失われたんです。 しかし、こんな状況は10年前には考えられませんでした。現在40代以下の人はITバブル以降のIPOしか知らないかもしれませんが、昭和の時代の「上場審査」と言えば、それは本当に厳しかった。既存の上場企業と同じくらい優良な財務体質、内部管理体制でなければ、そもそもIPOできなかったんです。そのため、当時はIPOまでに長い時間を要しました。企業設立から30年、40年かかることもザラ。設立10年目の上場で、スピード上場と言われていたくらいです(笑)。
―投資家からの信頼を回復させるにはどうしたらいいのでしょうか。
笹本:「昭和の時代に回帰せよ」とまでは言いませんが、経営者は焦らずに、じっくりと会社を成長させていくべきです。やはり企業成長に近道なんてありません。先ほどの話に戻りますが、会社は経営者とその家族が食べていくための「家業」からスタートし、従業員が増えて利益を生む仕組みを作って「事業」になる。その後、管理部門など組織に必要な機能を整えて「企業」になる。そして、名実ともに会社を完成させる意味で、IPOを果たして「上場企業」になる。経営者はこのステップを着実に踏みながら、10年くらいかけて上場企業をつくりあげてほしい。そうすれば、自然と投資家からの信頼も回復していくと思います。
―IPO準備について、若手経営者が気をつけるべきポイントはありますか。
笹本:若手経営者にありがちなのが“脇の甘さ”です。言い換えると、危機管理能力が非常に低い。ベテラン経営者の場合、長いキャリアの中で、何度も経営の危機を乗り越えています。しかも、彼らは自宅を担保に銀行から借金をしていることが多い。そのため、会社が潰れたら全財産を失うという覚悟を持っている。だから、危機管理能力が非常に高かった。一方、若手経営者は経営者としてのキャリアが浅く、修羅場を潜り抜けた経験もほとんどありません。さらに、銀行がまだお金を貸してくれないため、あまり借金をしたことがない。
そのため、お金のありがたみが良く分かっていない。ベンチャーキャピタルから多額の出資を受けても、平気で無駄遣いをしてしまう。つまり、ベテラン経営者と比べると、危機管理能力に大きな差があるんです。 ひとつ、過去にあった事例をお話しましょう。IT系ベンチャーの若手経営者の例ですが、その会社はIPO準備中にベンチャーキャピタルから10億円近い出資を受けました。 本来なら、その資金は将来の成長のために慎重に投資し、残りは成長資金として社内にプールしておくべきです。しかし、その経営者は「返さなくてもいいお金が入ってきた」と喜び、身の丈に合わないほど高グレードなオフィスに移転したり、数億円もするサーバーを購入したりして、わずか半年でベンチャーキャピタルから得た資金を使い果たしてしまったんです。
経営者はIPOすれば、追加で資金が調達できると安易に考えていたようです。しかし、その見通しが甘かった。その後、この会社は業績が伸び悩み、IPOを果たすことはできませんでした。もし出資で得たお金をキープしておけば、再起するチャンスもあったかもしれません。しかし、すでに事業資金を使い果たしてしまっていたため、それも成りませんでした。