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新邦工業株式会社 代表取締役社長 金子 賢三

お客様が100%満足する製品を目指す

新邦工業株式会社 代表取締役社長 金子 賢三

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今回、取材させていただいたのは、東京都千代田区にある新邦工業株式会社である。本社は秋葉原に近く、辺りは大きなビルが連なっている。同社は、スチールペール缶の製造販売、それに付随する部品の製造、金属印刷などを行っている。ペール缶とは基本的には鋼鉄製の缶であり、自動車の潤滑油や化学薬品、塗料などの液体を入れて、運搬や貯蔵するために使用されている。サイズは主に18リットルまたは20リットルであり、機械を使わなくても人が持てる重さとなっている。同社は、日本で初めてペール缶を製造した企業であり、ペール缶のリーディングカンパニーとして、常に挑戦し続けている。今回は、代表の金子社長にお話を伺った。

伝統の継承と、未来への挑戦を可能にする革新企業の本質
  • 社風
    「熱意と誠意」の社是を受け継ぐ
    同社の社風について、金子社長は「お客様に対して熱意・誠意のある行動ができること」と語る。どんな時でも、お客様第一で仕事を行うことで、様々な企業から信頼を得ているのだ。これは、創業当時から掲げてる同社の社是「熱意・誠意」を長い歴史の中で受け継いでいるためである。同社の社員について金子社長は「真面目な社員が多く、熱心に仕事をしている」と語る。実際に私たちが取材に伺った際、オフィスに入ると社員の皆様全員が立ち上がり、挨拶をするという姿を見て「熱意・誠意」の浸透を強く実感した。一つひとつの行動からお客様第一の思いを日々意識しているからこそ、お客様からの信頼獲得に繋がっているのであろう。ひたむきに取り組む「熱意」、お客様に対する「誠意」。この二つの思いが同社に深く根付いているからこそ、お客様に対して常におもてなしの気持ちを持った仕事を行うことができるのだ。
  • 独自性
    一気通貫であるからこそできること
    「ペール缶の製造に関して様々な対応ができること」と金子社長は独自性を語る。ペール缶を製造している会社は、全国を見てもごく僅かであり、製造業の中でもいわゆるニッチな業界に分類される。同社はそのペール缶製造において幅広く対応できる技術力が独自性となっている。それは、自社で一貫してペール缶を製造できる環境があるからである。同社は千葉県の成田に自社工場を有しており、そこでは製缶だけではなくペール缶の表面に行うデザイン印刷、缶と蓋をつなぐ器具の製造まで全ての過程を自社で完結することができる。特に日本で同社だけの技術として、「ペール缶内側へのパウダー吹き付け」がある。この技術があることによって、化学メーカーのニーズに応えることができる。化学メーカーは様々な薬品をペール缶に保存するため、その薬品が鉄を侵食しないよう、その薬品の性能に合わせた吹き付け加工をペール缶内側に行うことが求められる。この技術があるおかげで、多くの薬品に対応することができるのだ。これからも同社は、幅広い対応でお客様のニーズに応えていく。
  • 展望
    100年続く企業を目指して
    金子社長は会社の展望について「100年続く企業にしたい」と熱く語った。同社は業界のパイオニアとして創業し、66年の歴史を紡いできた。それでも、同社の挑戦は止まらない。100年企業に向けて「さらに独自性を発揮していきたい」と金子社長。全ての製造工程を自社で行うことができ、様々な薬品に対応できる技術があるため、化学メーカーとの取引が多い同社であるが、この独自性を更に発揮し、業界を牽引していきたいとのことだ。また「ペール缶を使っていないお客様にも新たな形で使用してもらいたい」と金子社長は語る。ペール缶に馴染みのない業界に対しても、今後ニーズに沿った製品を作りたいと金子社長は考えているのだ。既にある幅広い対応力を生かし、お客様が満足する商品づくりを行いながら、新しいマーケットに進出して100年企業実現を確固たるものにする。お客様に合わせた製品作りができる同社なら、必ず実現するであろう。
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ストレートペール缶(20ℓ)
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創立65周年記念旅行にて
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千葉工場にある創業者の胸像

良い製品をつくるために大切なこと

製品を製造するにあたり意識していることは何ですか
とことん安全性を意識していますね。ペール缶で運搬する液体は、車のエンジンオイルや化学薬品など漏れてしまうと非常に危険なものばかりです。ですから、お客様に安全に安心して製品を使っていただけるように、ペール缶の研究や分析を入念に行っております。例えば、液体を入れて圧力をかけても破裂しないか測定する水圧実験や、ペール缶自体の耐久性を測定する落下実験・積み重ね実験などを繰り返し行うことで安全性の高い製品を製造しています。特に、缶と蓋との間に生じる隙間からの漏れを防ぐパッキンは、非常に重要な存在です。パッキンがあるおかげで、機密性が保たれ、より安全な製品となっています。これからも常にお客様の安全面を考えながら、製造していきます。
100年企業を実現するにあたり現在取り組んでいることは何ですか
人財教育ですね。どんなに優れた機械であっても、それをオペレーションするのは人ですよね。そして、お客様を想像し、お客様のニーズを叶える製品を実現するのも人です。そのため100年続く企業をつくるには新卒で入社した社員はもちろんのこと、中途で入社する社員に対してのフォロー体制構築が重要になってきます。具体的には、若手社員には先輩社員がマンツーマンとなり親身なってアドバイスを行うことで、業務をスムーズに行うことができる環境を整えています。仕事の相談だけではなく、プライベートの相談もできるような、密にコミュニケーションが取れる環境、体制をつくることに現在取り組んでいます。
どのような人と一緒に働きたいですか
主体的に物事を考えられる人ですね。弊社は、決められたものを作るというよりかは、お客様のニーズを聞いてオーダーメイドで生産することの方が多い会社です。お客様が何を求めているのか、どうしたらお客様のニーズに合う製品ができるのか、自ら考え主体的に行動できる人と一緒に働きたいです。また、変化に対応できる人と働きたいですね。実際にここ最近の10年間でも、様々な業界で変革が起きています。刻一刻と変わるニーズに対応できる人が、今後の弊社を担っていくと思います。ただ前提として一番大事なのは、ものづくりが好きなことです。ものづくりが好きであれば、お客様目線で製品を作ることができて、ニーズにも自ずと対応できるはずです。そのような方々と一緒にこれからの新邦工業をつくっていきたいです。

KEYPERSON

新邦工業株式会社 代表取締役社長 金子 賢三

生きた仕事を続けていく

新邦工業株式会社 千葉工場 取締役工場長 村尾 浩一

同社の工場は、飛行機を間近で見ることができる成田国際空港の近く、千葉県成田市にある。この工場で昭和49年から変わらず、ペール缶を一気通貫で製造している。ペール缶の製造自体も非常に珍しいが、それを全て自社で賄える施設があるのは、この新邦工業だけといっても過言ではない。実際、珍しい製造過程を見るために、勉強の一環として企業が見学に来るケースも少なくない。また、工場には独自の設備もあり、ペール缶業界を牽引している。今回の取材では、千葉工場の工場長である村尾工場長に、長年ものづくりに携わってきた経験や、仕事を行っていく中でのやりがいなどをインタビューさせていただいた。

伝統の継承と挑戦の未来を担う社員の思い
  • 入社理由
    培った経験を生かして
    「前職の経験が生かせると思ったため」と村尾工場長は入社理由を語った。村尾工場長が入社したのは1994年。約四半世紀の間、同社の成長に携わってきた。前職では金型の設計、生産、管理や工場全般の保全や計画、指示など幅広い業務を行っていた。その経験が生かせる会社を探す中、金属製品の留め具であるバンド部門を立ち上げようとしている同社に出会い、入社を決意したのだ。入社後、実際に前職で培った経験を生かし、ペール缶の留め具であるバンド部門の立ち上げメンバーとして活躍した。業界でこの部門を自社で保有しているのは、同社だけである。また、入社を決意した他の要素として「とても技術力のある会社だと感じたため」と村尾工場長は振り返る。仕事の説明を聞き、そして製品の精度・完成スピードを実際に見た際にそう感じていたのだ。現在は千葉工場の工場長だけではなく、生産技術部と生産管理部の部長も兼務し、手腕を振るっている。これからも長いキャリアを生かし、技術を更に磨いていく。
  • やりがい
    社員に慕われる存在
    自身のやりがいとしてまず「社員が慕ってくれること」と答えた。現在、千葉工場では約100人以上の社員が働いている。村尾工場長は、その工場全体の方向性を示さなければならない。その中で「工場長の判断ならついていきますよ」と、社員が慕ってくれることが、仕事を行っている上で大きなやりがいとなっている。だからこそ「社員にとってプラスを与えることができる存在なりたい」と考えている村尾工場長。お客様だけではなく、働いている社員に対しても喜ぶ姿をつくっている。また、技術的な観点からのやりがいについては「鉄に手を加えることで機能を持った製品にする、生きた仕事を行っていること」にやりがいを感じていると答えた。最初は何の変哲もない鉄であっても、技術者の手にかかれば形となり、製品になっていく。その自らの手で命を吹き込み、機能を持たせるという過程に、強いやりがいを感じるのだ。これからも社員に慕われながら、生きた仕事を行っていく。
  • 夢
    挑戦する気持ちを忘れない
    自身の夢について、村尾工場長は「会社オリジナルの製品を作っていきたい」と熱く語った。同社の製品は、お客様から依頼されて、製造を行う受注生産が中心である。一つひとつ、お客様が100%満足する製品作りで多くの信頼を勝ち取ってきた。これまでは、この受注生産をベースに成長してきた同社であるが、これから更に成長するためにオリジナル製品の製造を行いたいと村尾工場長は考えている。受注されてから生産する、従来の生産方法に加え、あらかじめ製品のラインナップを用意し、お客様に対して製品をすぐに提供できる体制を整えたいということだ。これを行うことで、製品の引き出しをつくることができると同時に、製品開発力の向上や社員の技術力の向上が期待できる。「開発していく行為も会社の財産になる」と村尾工場長は語る。この夢を実現して、更なる発展を遂げる新邦工業が目に浮かぶ。
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広大な敷地がある千葉工場
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大きな設備も一人ひとりで管理している
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工場の社員同士でのゴルフコンペ

ニーズに合った製品を的確に作る

会社の魅力は何ですか
お客様に要望されたものに対して、的確な製品を提供することができる技術力です。要望に応えるためには、対応できるほどの技術が必要不可欠です。弊社は、長年の経験と製造工程を全て自社で行うことができるという技術力の高さを生かした製品作りを行っています。お客様から「新邦に言えば作ってくれる」と言っていただくこともあり、技術があるから信頼されているのだと思います。また、粘り強い社員が多いことも魅力ですね。全社員が熱心に仕事に励むことは、団結力の高さにも繋がります。社員が力を合わせて仕事をしているので、ここまで会社が成長してきたのだと思います。
金子社長はどのような方ですか
現場のことまで、詳しく知っている社長だと思います。社長自身、この会社の現場の最前線で活躍されていた方ですから当然ですが、会社の製品について、あらゆる事を知っています。製造業の経営者とはいえ、実際に現場で経験を積んできた、たたき上げの経営者は多くはありません。社長は、現場で約20年間ものづくりを経験しています。ですから、経営の視点からも現場の視点からも会社を見ることができ、現場の働きやすさを考えた指示をしてくれます。現場を経験しており、ものづくりの心臓部までわかっている事が、現場で働いている社員の信頼にも繋がっていると思います。工場にもよく足を運んで、社員に声を掛けていますし、現場の細部まで詳しく知っている本当に尊敬できる人です。
どのような方と一緒に働きたいですか
やはり、機械やものを弄るのが好きな人ですね。好きこそものの上手なれという言葉があるように、好きなことに対しては努力を惜しむことはないと思いますし、仕事の成長も早いですね。工場の勤務では、必ず機械を動かすので、それが好きな人と働きたいです。例えば、プラモデル作りやラジコン作りなど何でも良いので、機械やものを弄ることが好きだと活躍できると思います。私も、時計の解体やバイクの整備などが好きで、昔からやっていました。好きであれば、技術の上達も早いですし、すぐに人に教えられるようになります。楽しみながらぐんぐんと成長し、ゆくゆくは会社を引っ張ってくれるような存在になってほしいですね。
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■監修企業からのコメント

新邦工業株式会社 代表取締役社長 金子 賢三

噴出し左
この度は、取材させていただきありがとうございました。工場での取材の際には、工場見学もさせていただき、ペール缶が作られていく過程を肌で感じることができました。これからも、熱意と誠意を胸に、ペール缶のリーディングカンパニーとして、お客様が満足する製品を必ず作り続けていく同社に目が離せません。
■掲載企業コメント

新邦工業株式会社 代表取締役社長 金子 賢三

噴出し右
取材を終えた感想
取材を受けたことで、自社の歴史を振り返る良い機会となりました。ペール缶はまだまだ可能性に満ちた製品だと思います。これからも、お客様が100%満足する製品を作り、100年企業を目指して、社員と力を合わせて進んでいきます。
新邦工業株式会社
代表取締役社長 金子 賢三
1952年 東京都中央区日本橋に創業者入江仁壹を中心に、ペール缶及び
      特殊容器の販売を目的として会社を設立。
      殊に米軍用JAN-Pペール缶製作では相模原米軍調達部においては
      指定納入業者となり幾多の優秀レコードを記録する。
1954年 多年研究中であった印刷ペール缶の製作に成功し、一躍業界の寵児
      となり、各石油会社に採用される所となり高級潤滑油の容器
      として、又化学製品の容器として多数用いられるに至った。
1960年 東京都葛飾区白鳥に青戸工場を建設、後に本社所在地となる。
1963年 子会社東京金属工業株式会社を設立。埼玉県川口市に印刷工場を
      建設し、印刷及び製缶との一貫作業により量産に伴うコストダウン
      と品質の向上に努める。
1973年 上記東京金属工業株式会社を吸収合併し事業の合理化を図る
1974年 千葉県香取郡大栄町に千葉工場を建設、世界的最新鋭全自動
      ペール缶製造ラインを導入し、需要の増大に対処し得る態勢を
      整え、併せて品質管理の完璧を期し企業の飛躍的発展への基盤を
      確立した。
1977年 東京都葛飾区白鳥の旧本社工場跡地全部を売却、
      千代田区神田佐久間町3丁目27番3号に本社を移転。
1981年 半自動製造ライン設備を改廃し、新型機械設備の導入により
      完全自動製造ラインを2システムとする。
      同時に静電粉体塗装設備を行い新種ペール缶の製造に取り組む。
1983年 埼玉県川口市河川改修工事に協力、印刷工場の土地・建物の一部を
      売却し印刷工場と印刷板自動立体格納倉庫を千葉工場内に新工場
      として建設、 印刷から製造までの一貫ラインを同一敷地内
      での作業に集約・合理化を図る。
1985年 品質の向上のためペール缶内部を洗浄する全自動の洗浄装置を
      新設する。その他製缶ラインの一部機械の新設・改良を行い多品種
      行程での需要に対応する。
1988年 製缶付属品調達作業上の合理化のため、製缶工場内に2階部分の
      増築を行う。
      新式ワイヤー溶接機を導入し、生産性と品質向上を図る。
1990年 印刷板の自動立体格納倉庫及び製品倉庫の増設を行い、
      製品管理の充実を図る。
1992年 創立40周年を記念し千葉工場新事務所を建設する。
1994年 自動ラベラー設備を導入する。
      千葉工場内に部品製造部を新設し、他社より調達していた
      レバーバンド等各種部品を自社製造する。
1995年 新たにシームウェルダーを増設し、生産性と品質向上を図る。
1996年 本社事務所が手狭となったため同町内佐久間町4-18神田分銅ビル
      に移転する。
1997年 千葉工場東南傾斜地の開発を行い、雨水調整池及び従業員食堂兼
      集会所を新設する。
1998年 代表取締役社長に関根 利三郎が就任。
2002年 ISO9001(品質マネジメントシステム)認証取得。
2004年 画像処理設備をラインに導入する。
2006年 環境対応型印刷ラインに更新。
      ISO14001(環境マネジメントシステム)認証取得。
2013年 クリーンルームを新設し、POパッキン量産設備導入、稼働。
2014年 千葉工場空調設備導入。
      代表取締役社長に金子 賢三が就任。
創業年(設立年) 1952年
事業内容 スチールペール缶の製造、印刷、販売
所在地 東京都千代田区神田佐久間町4-18神田分銅ビル4階
資本金 1億円
従業員数 140名
企業URL www.shinpo-kk.co.jp/

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