DENTOU TIMES

株式会社丸う田代 代表取締役 田代 勇生

創業者が「あたりまえ」に行った
革新を現代でも

株式会社丸う田代 代表取締役 田代 勇生

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かまぼこの街、小田原。多くのかまぼこメーカーがひしめき合う小田原で、140年以上の歴史を持つ丸う田代。創業者である田代卯之助の「卯」の字が社名の由来だ。魚屋の次男として生まれ、若干13歳で独立した創業者は、器用で料理好き。当時、灰色のかまぼこが一般的だった時代にあって、「白い上物かまぼこ」をつくり出すことにこだわり、10年にわたる研究の末、純白の上物かまぼこを生み出した。時は流れて現代。丸う田代に脈々と流れる「こだわり」そして「顧客志向」は今も不変だ。今回の取材では、5代目社長として、これまで多くの人々に愛されてきた「丸う田代」の伝統を守りつつ、次代を見据えて会社の変革を推し進める、田代社長にお話を伺った。

伝統の継承と、未来への挑戦を可能にする革新企業の本質
  • 社風
    信用と信頼を重んじる
    「丸う田代というブランドが150年にわたり生き続けているのは、お客様からの『信用と信頼』があるからだ」と田代社長は言う。丸う田代がお客様との「信用と信頼」を築くことができたのは、初代の卯之助が純白のかまぼこを生み出してから現在まで、時代は変わっても品質の変わらぬ製品を作り続けてきたところにある。時には、材料となる魚が手に入りにくかったり、経営危機を迎えたこともあった。しかし、その中でも一貫して、品質に対してこだわりを持ち続け、そして商売に対する誠実な姿勢を保ち続けた。その結果、苦難に直面した際も、お客様からのサポートを受けることができ、丸う田代は存続した。さらには、問屋さんに信用・信頼され、いつの時代も安心して仕入れられるかまぼこメーカーになったのだ。同社に何十年もの付き合いになるお客様が多いのは、単に社歴が長いからではない。苦しい時も良い時も共に乗り越えてきた、お客様との「信用と信頼」があるからこそだ。
  • 独自性
    いつの世も、自社開発の独自商品で勝負する
    同社の歴史は独自商品開発の歴史、と言っても過言ではない。初代卯之助が研究の末、生み出した純白のかまぼこ、二代目永之助が新機軸として開発した「君まき」、三代目の「だて巻き」。時の社長が、魚の選び方から、すり方、蒸し方まで、多くの人の協力を得ながら試行錯誤を重ね、独自商品を生み出してきた。 そして、同社の更なるオリジナリティは、当時の味を変えないよう独自の製法を守り続けていること。「今流行りの製造法に変えれば生産量も増えるけど、当時の味を守るために製法を変えていない」と田代社長は言う。効率よりも、商品元来の味を守ることを重視しながらも、品質維持のために新しい技術を導入している。「二代目の君まきも、おじいさんが料理屋のご主人と一緒に研究して機械から開発した完全オリジナルです。だて巻きも、かつて一晩中私が卵を割って、お客さんが焼きたてを並んで買っていた時代と同じ製法です」と田代社長。その言葉の裏には、伝統の味を守り続けてきた誇りが感じられた。
  • 展望
    古き良きを守り、若者に愛されるかまぼこをつくる
    「伝統を重んじつつ、多くの人に愛されるかまぼこづくり」これが今、5代目の田代社長が掲げる一大目標である。 「今までも、うちは代々の社長が革新を成し遂げています」と語る田代社長。これまで代々の社長は新商品開発に心血を注ぎ、新商品を世に送り出すことによって、会社を進化させてきた。田代社長自身も「小田原おでん」の開発、展開を通じて、練り物需要の創出に取り組んだ。 今、田代社長は、「受け入れられている練り製品が限定されている中で、今後は若者に受け入れられるかまぼこを作らなければ」という決意のもと商品開発に取り組んでいる。かまぼこに慣れ親しんだ世代でなく、かまぼこを食べるのは正月だけという若い世代を取り込むのが狙いだ。既に、商品開発のための委員会を立ち上げ、企画部で新商品の開発やWEBでの販売が行われている。取り組みは始まったばかりだが、古き良きものを武器に新たなチャレンジを行うこの取り組みには、確かに丸う田代のスピリットが燃えている。
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かつての本店の様子
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かまぼこ板も特注というこだわり
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昔ながらの製法にこだわるかまぼこづくり

お客様に愛されて140余年 長く続く会社経営の秘訣を聞いた

―「丸う田代」を存続させていくために大切にしていることはなんですか
小田原を大事にすることです。丸う田代という会社は、「小田原かまぼこ」というカテゴリで生きていますし、小田原のかまぼこ屋では、地元の人に一番好かれている、地元に愛されている自負があります。だから、小田原を大事にしなきゃいけないんです。小田原のために、商工会議所をはじめ、公職にも積極的に参加しますし、会社の仕事をしながら地域貢献もやってきました。かまぼこを通して地域貢献をしていると思っています。かまぼこ祭りを催したり、小田原おでんを立ち上げたことはその一例です。私は「小田原が良くなれば、丸う田代も良くなる」と考えています。小田原の人々に信頼される会社であることを目指しつつ、小田原が持つポテンシャルを発揮させたいです。
―社内活性化の取り組みについて教えてください
若手の採用です。それにより会社全体の雰囲気が若返りました。 3年前から始めた改革で、若い人が役職者になり、大卒の新人を入れるようにして新世代が入ってきて、雰囲気が若返ってきています。特に、新卒採用は3年目になり、今年は説明会にも大勢の学生が来てくれました。その中から4人に内定を出そうという話が出ています。若い人たちは、今後の丸う田代の未来を担う人材になってほしいと考えますし、将来、6代目に会社が移り変わった時には一人前になってほしいと思います。 これから力を入れて取り組んでいきたいことは、意欲ある若い人たちを、スピード感をもって育てられるように、受け入れる側の育成を行っていきたいですね。
―理想の組織について教えてください
流動性のある組織が理想です。そのためには必要なのは、部署間を飛び越えて報連相ができること。 今は、昔に比べ組織化され、効率化も図られています。一方、仕事というのは部署では完結できないことも多く存在します。そのためには互いに尊重しあい、コミュニケーションをとることが必要不可欠。小さい組織であればとりやすい連携を、この規模になった今だからこそ発揮することで、より一層の力を出すことができると考えています。そうすることで人や部署による非生産性をなくし、流動的かつ、生産的な組織を生み出すことが可能となると考えております。課長係長で横の連絡を取り合って、情報共有して、少しずつですが、理想に向けて進み始めています。

KEYPERSON

株式会社丸う田代 代表取締役 田代 勇生

丸うの「芯」を大切に、
幅広い世代に愛される蒲鉾を作り出す

株式会社丸う田代 製造部手取り 主任 八木 智矢

静岡県焼津市、丸う田代の焼津工場は大井川水系の豊富な水資源を活用できる場所に位置し、同社の蒲鉾、だて巻きをはじめ、商品を生産する拠点だ。今回お話を伺ったのは、精鋭ぞろいの焼津工場の中でも、「手取り」と呼ばれる手作業での蒲鉾づくりを主に担当する八木主任。20代の若さにして、高い練度が必要とされる成型の技術を体得し、丸う田代でも数人しか所持していない、蒲鉾製造の国家資格「水産練り商品製造技能士1級」を取得している。今回の取材では同社が創業以来、研究に研究を重ね磨き上げた、蒲鉾づくりの技術を引き継ぐ若き職人である八木主任に、蒲鉾づくりの技術のこと、そして商品開発にかける思いを聞いた。

伝統の継承と挑戦の未来を担う社員の思い
  • 入社理由
    自らがつくった商品が店頭に並ぶ喜び
    世の中に、自分がつくったものを送りだせる。八木さんが丸うを選んだのは、その喜びを知っていたからだ。 高校卒業後、二社を経て丸うに入社した八木さん。しかし実は、丸うと八木さんの出会いは高校時代までさかのぼる。八木さんが高校生の時、丸うの焼津工場に勤める父に呼ばれ、アルバイトとして包装作業の手伝いをすることになった。「包装作業自体は良い仕事ではないと思っていた」と当時を振り返って八木さんは言う。しかし、その年の暮れになって、自分自身が包装したのと同じ商品が店頭に出ているのを見た時、「もしかしたらこれは自分が作ったものなのかもしれない!」と感じ、自分で作ったものが売られている姿を見ることができる、製造の仕事のやりがい、楽しさを感じたという。 入社から10年が経ち、現在は主に手取りと言われる手づくりの蒲鉾を担当する八木さん。何年たっても「自分の作った蒲鉾を世に出せる」という喜びは変わらないという。
  • やりがい
    企画開発から製造まで携わって「丸う」の商品を新たに生み出すこと
    手取りだけでなく、機械での製造、包装、といった主力商品の生産、商品の改良、新商品の開発に至るまで、150年近い歴史を持つ同社の企画開発製造に幅広く関われるのが仕事の魅力だと八木さんは言う。 新商品の開発に関して特に思い入れがあるのが、焼津工場の商品企画委員会として初めての商品開発だった春限定の「花工房」の開発。「花工房」は、かわいらしい花模様が入った蒲鉾とだて巻きがセットになっており、小田原の本店限定で毎年春のシーズンだけ販売されている人気商品だ。 開発時に特に注意を払ったのは、「丸う」という会社の伝統を守りつつも、若い人にも手に取ってもらえる商品にすることだ。「140年以上積み重ねてきた歴史を背負って、新たな品物で歴史を紡ぐことはとても不安だった」と八木さんは振り返るが、初めて商品を出せた時は安堵感もさることながら大きな達成感を味わったという。その時に感じた達成感が今でも八木さんのやりがいだ。
  • 夢
    丸うの技術を受け継ぎ、自分と後輩社員を成長させたい
    八木さんが今後の目標として見据えるのは、自身と後輩の技術面、知識面を向上させることだ。自分自身については、手取りの技術はもちろん、すりの工程や、包装の工程に関してもより高いレベル、幅広い知識を求めている。もっと向上したいという思いが生まれたのは、改良品・新商品のサンプル作成を任されて、お客様に長年愛されてきた「丸う」というブランドを守る責任に気付いたからだ。八木さんは「サンプルをやらせていただいていると、視点が広がって、こんな技術があるんだ、こういうものが入ってくるんだとか、より高いものが見えてくるので、それを取り入れて、一か所では収まらないような、そういう立場になりたい」と語る。そして、丸うのブランドを守るためにさらに力を入れて行くこととして話してくれたのが、入ってきたばかりで日々奮闘してる若いスタッフに対して、これまで勤めてきた経験・知識を伝えること。八木さん自身が工場長や先輩社員から教えてもらったように、後輩にも技術を伝承し、丸うの技術を守り抜いていく。
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蒸し上がる前の蒲鉾
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開発に携わった「花工房」
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同じ工場内ではさつま揚げなどの製品もつくる

140年企業の蒲鉾職人が語る、蒲鉾への思い

―丸うの蒲鉾の特長はなんですか
蒲鉾の弾力の強さは、他の蒲鉾とは大きく違うところです。私は、静岡の出身なのですが、このあたりの蒲鉾とは全然違いますね。また、味の面でも、魚の味が強いのが丸うの特徴です。 使う魚の種類も違うと思いますし、余分なものを入れてないんです。ですから色んな商品がある中で一番スタンダードな「上小板」を召し上がっていただければ、他との違い、美味しさを感じていただけると思います。 また、弾力を出す上では、すりの工程が大切なのですが、常に良いものができるように試行錯誤を続けていて、弾力が良くないとかこうすればいいとか、すり身の温度をこうしてみようとか、持ち場の区別なくコミュニケーション取りながら取り組んでいます。
―蒲鉾製造における、知られざる技術を教えてください
手取り、と呼ばれる手作業で蒲鉾を成型することを担当していますが、技術が必要になるのは、何百個作っても、同じ形同じ重さのものを出すということです。 蒲鉾は、使用する魚の種類やすり上がりの具合、すり身の温度によって、同じ量の材料でつくっているつもりでも、できあがりの大きさや目方が変わってきますし、同じ材料でも、天然の材料を使っていますので、毎度微妙に材料の品質が変わります。材料の特徴に気を付けながら均一のサイズの商品ができるようにするのが、手取りの腕の見せ所です。手づくりが必要になる商品は、機械では作れない複雑なものだったり、新商品のサンプル品だったり、責任あるものばかりなので、一つ一つ丁寧に、同じ品質にできるように心がけています。
―焼津工場では今後どのような商品を生み出していくのでしょうか
若い方にも受け入れられる商品、今までの蒲鉾とは違うイメージ商品を出したいと考えています。というのも若い方で、蒲鉾が好きな方もいらっしゃいますが、お店に買いに行って手に取ってくれる方は少ないと思うんですね。なので、若い方に手に取っていただける商品を作れると嬉しいなと考えています。 ただ、商品開発において、丸うの伝統は忘れてはいけないと思っています。軽いイメージのものを売り出せば、受け入れられる可能性もあると思いますが、そうではなくて、丸うの「芯」は曲げずに、その中で新しい、受け入れられるようなものをつくる必要があると思います。今丸うがお客様に選ばれているその部分は変えずに、若い方にも受け入れられる商品を出していきたいですね。
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■監修企業からのコメント

株式会社丸う田代 代表取締役 田代 勇生

噴出し左
幾度とない困難を超えてきた丸う。創業からの長い歴史の中で、常に、地元に根差し、顧客が求めることの神髄を突き、進化を繰り返してこられました。苦しい中でも、顧客の視点を忘れず、努力し続けるその姿勢に、深く感銘を受けました。
■掲載企業コメント

株式会社丸う田代 代表取締役 田代 勇生

噴出し右
取材を終えた感想
今回、このように取材という機会をいただき、率直に、今考えていることをお話しさせていただきました。先代社長や、社員たちが現状に満足せず、常に進化し続けることで存続発展させてきた会社であるということを再認識しましたし、当社を未来に向けて継続させていくことに対して、決意を新たにすることができました。
株式会社丸う田代
代表取締役 田代 勇生
1868年 現在地浜町でかまぼこ製造業を始める
1878年 初代・卯之助、苦心の末、光沢ある純白な小田原蒲鉾
     を完成
1921年 二代目・永之助「君まき」を開発
1950年 全国蒲鉾品評会にて、度々水産庁長官賞、農林大臣賞
     を受賞し、無監査の待遇を受ける
1951年 株式会社丸う田代商店に組織変更
1959年 三代目・政吉 紺綬褒章を受ける
1968年 小田原工場建設
1974年 需要の拡大に伴い、静岡工場を建設
1992年 社名を丸う田代に改める
1998年 全国蒲鉾品評会にて、「君まき」が農林水産大臣賞を
     受賞
2010年 入生田(小田原市)に入生田店を開店
2012年 静岡工場がISO22000(食品安全)を取得
     ※板付き蒸し蒲鉾の製造
創業年(設立年) 1868年(設立1951年)
事業内容 水産練製品製造加工及び販売
所在地 神奈川県小田原市入生田127-1
資本金 1200万円
従業員数 77名
男女比率 6:4
企業URL http://www.maruu.com/

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