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株式会社大泉工場 代表取締役社長 大泉寛太郎

一番大切なこの会社を偉大な会社にしたい

株式会社大泉工場 代表取締役社長 大泉 寛太郎

大泉工場の本社が位置する川口は、倉庫や工場が数多く立ち並ぶ工業地帯だ。その中にひときわ目を引くお洒落なカフェの様な建物と緑豊かな敷地がある。それこそが今回取材をした大泉工場なのだ。同社の川口での出立もさることながら、事業展開の仕方も目を引くものがある。2010年、現大泉社長は、ポップコーンに関わる事業を行うFUN FOOD事業を立ち上げ見事成功に導く。近年では健康で美味しいものを適正価格で供給することを軸とするORGANIC事業を展開。まだまだ挑戦したいことはたくさんあるという。本取材では、長きに渡る同社の歴史に鮮烈な新風を巻き起こし、今なお挑戦を続ける大泉社長に深くお話を伺った。

伝統の継承と、未来への挑戦を可能にする革新企業の本質
  • 社風
    新生大泉工場のチャレンジスピリット
    100年の歴史を誇りながら今なおベンチャースピリットをもつ企業。大泉工場を表現するにはこの言葉がふさわしい。実は同社は創業当時、本社の位置する川口に本拠地をかまえ、長きに渡り製造業として活躍をしていた。次に目をつけたのは不動産賃貸業。川口という土地が物流の拠点へと変貌を遂げていくのを見逃さなかったのだ。こうして同社は時流を捉え変化・進化を遂げてきたのである。製造業から不動産賃貸業にモデルチェンジし、安定的な収益をあげていたものの、現大泉社長の新しい挑戦をしたいという思いは止められなかった。そしてポップコーンを主としたFUN FOOD事業を始める。「変わっていくことは面白い」大泉社長はそう語る。現在の同社に在籍しているスタッフはその変化のタイミングで入った若い社員が多い。そうした流れを受けてベンチャー企業の様な空気感を同社はまとっている。若手で構成されているからこその勢い、チャレンジスピリットこそが現在の大泉工場らしさなのだ。
  • 独自性
    本場アメリカとの密な関係
    2013年、様々なアメリカブランドのポップコーン専門店のオープンを皮切りに、表参道に並々ならぬ行列をつくったポップコーンの大ブームがニュースで取り上げられたことが記憶に新しい。この大ブームは大泉工場なくしてありえなかった。ポップコーンの機械のメンテナンスや材料の供給などを担い、あの大ブームを陰で支えていたのが大泉工場なのだ。「日本でポップコーンをやる時には窓口になることがたびたびです。その功績が認められてアメリカで表彰されたこともあります」そう語る大泉社長。実は同社は世界で初めてポップコーンマシンを開発したと言われているCRETORS社と、FUN FOODマシンメーカーの最大手として知られるGOLD MEDAL社の正規販売代理店なのだ。それが故に2013年のポップコーン大ブームを陰で支えられた。このように本場アメリカとの密な関係こそが同社の強みであり、だからこそポップコーン業界において今なお存在感を放っている。上述の変化に挑戦する社風を土台にして、今後も業界の雄として業界を牽引し続ける。
  • 展望
    各々が誇りをもってカッコよく
    「各々が誇りをもってカッコよく働いている組織が理想です」そう語る大泉社長。カッコよさについて大泉社長は次の様に考えている。「例えばゴールが飯を食うとか、お金をもらうとかじゃなくて、楽しいから、やりたいから働いている人ですよね。大泉工場をそういう人の集まりにしたいんですよ」そうした主体性を醸成するためにワクワク委員会という委員会を社内に設置し、イベント企画を社員主体で行いやすくするなどしている。意見・提案については来るもの拒まずのスタンスでなんでもまず聞く。そうして目指す組織をまさにつくりあげようとしている。加えて今後、事業の軸としていくのが健康だ。近年ではORGANIC事業を展開し、美味しくてかつ身体に良いものを発信・提供している。その裏には大泉社長の思いがあった。「心も身体も健康なら、世の中もっと楽しくなると思っています。もっと楽しい世の中をつくる一端を担いたいですね」そう語る大泉社長。目指す組織、世の中を実現すべく、大泉社長は挑戦をやめない。
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FUN FOOD事業が手掛けるポップコーン
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ORGANIC事業の手掛けるジュース
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ポップコーンを通じた社会貢献

大泉社長の思い・考えに触れる

―大泉社長の大切にする考えを教えてください
カッコよさですね。そう考えるようになったきっかけはいくつかあると思っていて、環境的にカッコいい人が多かったこともありますし、働く上でも大切な考え方だと気づいたこともあります。ただ本質をたどると、僕自身小さい頃から無意識に持っていた思いなんですよね。小さい頃に、例えばドラゴンボールごっこをしたら主人公の悟空をやりたかったですし、聖闘士星矢なら主人公の星也がやりたかった。そういった憧れの主人公達の様なカッコよさに憧れますね。今の仕事ですと、主体的に、仕事をやりたいからやっているというカッコよさがすごく大事だと思っていて、そうじゃないと不思議と良いものであったり自身のもてるものがつくれないんですよ。なのでこの考え方は今後も大切にしていきたいですね。
―FUN FOOD事業を始めたきっかけを教えてください
率直に申しますと、きっかけは売れそうだなと思ったことです。僕がアメリカに行った際にポップコーン片手に颯爽とストリートを歩く女性を見てかっこいいな、これは売れそうだなと思ったんです。そこからポップコーンを事業にしたいと思い、厨房機器の展示会でとある会社の営業さんと面識を持たせていただいて、「そういうことをしたいのでしたら今度御社に伺いますので話をしましょう」と言っていただいたんです。そしたら後日本当にいらして、その方がたまたまポップコーン業界のいわゆる重鎮的な方を知ってらして、紹介していただけたんです。あとはもうトントン拍子でした。現在当社がアメリカのメーカーと繋がっているのもそういった経緯があってこそですね。
―大泉社長にとっての大泉工場とはどのような存在ですか
大泉工場は僕の中で1番大事なものです。なくてはならない存在ですね。ポップコーンを取り扱うFUN FOOD事業を始めた思いも実はそこにあります。元々やっていた不動産賃貸業の収益が上がっていなかったわけではないんです。むしろ好調だった。でも、長い目で見ると土地の価値は下がるし、孫の世代まで会社が続いてもその次はと考えると何かしないといけないなと思っていました。そこで見つけたのがポップコーンだったんです。目指す組織像もそうですね。大事なものだからこそ、いる人達に輝いてもらいたい、イキイキと働いてもらいたい。そういったことを通じて、僕はこの大事な会社を偉大な企業にしたいんですよね。

KEYPERSON

株式会社大泉工場 代表取締役社長 大泉寛太郎

挑戦を続け、夢が広がり続ける

株式会社大泉工場 営業課 広報・プロモーション 係長 宮澤 雄介

中途で2014年に同社に入社した宮澤さん。現在は広報・プロモーションの係長として活躍を続けている。宮澤さんが何より同社に惹かれたのは同社の挑戦ができる環境。挑戦をしながら宮澤さんは自身の夢の実現を目指していた。「この会社はまさに自分が行きたかった環境だ」宮澤さんは同社と出会いそう感じたという。実際に入社をすると、少数精鋭だからこそ見出せた仕事のやりがいや、挑戦ができる環境の背景にある大泉社長の思いなど、日々新鮮な刺激を受け続けながら業務に取り組んでいる。本取材では宮澤さんの実際の仕事や思いについて紐解くべく、深くお話をお聞かせいただいた。

伝統の継承と挑戦の未来を担う社員の思い
  • 入社理由
    広報・宣伝活動で日本を相手にしたい
    前職にて映画館で運営に携わっていた宮澤さん。映画館で、その地域のお客様をいかにして呼び込むかを考え仕事を続けていくうちに広報や宣伝活動の面白さを体感するとともに、宮澤さんの中にある思いが芽生える。もっとスケールの大きい相手に広報・宣伝活動がしたい。その思いのもとに転職を決意。その際に出会ったのが大泉工場だった。「自分がしたかったスケールの大きな広報や宣伝ができることはもちろん、とにかく勢いを感じました。100年の歴史ある企業ですし名前が大泉工場じゃないですか。そんなイメージはまったくなかったんですけど、話を聞くにつれ入社したい思いが強くなっていきましたね」そう語る宮澤さん。同社の取り扱うポップコーンをはじめとする商材の狙う先は地域に留まらず日本や世界だ。実際に現在、宮澤さんは同社の商品の広報・宣伝活動を日本全国に向けて行っている。自分がしたいことを同社の勢いを感じながら実行し、宮澤さんは今日も活躍を続ける。
  • やりがい
    商品の開発からプロモーションまで関わるからこそ見えたもの
    転職を望んだ際にやりたかった仕事を実現している宮澤さん。もちろんそこにやりがいを感じているが、入社し、実際に業務にあたることで新しいやりがいに気づいたという。それは見知ったメンバーと共に商品づくりの全行程に携われること。「手作り感が満載なんです。弊社は人数がまだまだ少ない会社なので商品の開発からリリース、プロモーションまで全行程に関われる。そうして仲間と共に生み出した商品をプロモーションできることは非常に嬉しいですしやりがいを感じます」そう目を輝かせながら語る宮澤さん。同社の全員でものをつくりあげ、成功も失敗も共有し、より良いものを世に送り出し続けることが宮澤さんの仕事の原動力となっている。「自分の動き一つで結果が変わる、これほど面白いことはないです」そう語る宮澤さんには楽しさと同時に覚悟が備わっているように見えた。世界を視野に入れながら、自分達がつくりあげたものを世に広める。宮澤さんは大泉工場でこのうえないやりがいを手にした。
  • 夢
    スモールビジネスのパイオニアへ
    「スモールビジネスのパイオニアになりたいと思っています。大泉工場に買いに来たい何かがあるから買いに来るであったり、ここから何かトレンドを発信してクリエイターとかアーティストが例えばシェアオフィスに来て、ドンドン世の中に出ていくっていう風にしたいんですよね」そう語る宮澤さん。人数を増やし生産量などで勝負するのではなく、大泉工場ならではの価値を世に発信し、認知されるようになることこそが宮澤さんの目指す未来だ。その背景には同社で実際に働いた経験がある。人数が少ないからこそ得られる仕事のやりがいを実感したからこそ、ではその良さを残しながら会社が成長するにはどうしたらいいのかと考えた末に出た結論がスモールビジネスのパイオニアだった。実際に宮澤さんは国内で似た規模の企業のユニークな取り組みを発見すると社内で共有し自社の取り組みに活かす方法を考るなど、周囲を巻き込んで会社の新たな可能性を発信している。宮澤さんの夢が大泉工場を発展に導く日も近いに違いない。
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展示会出展の様子
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同社敷地内でのイベント
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一丸となって作ったからこその喜び

宮澤さんの捉える大泉社長と大泉工場の仕事

―印象に残っている仕事を教えてください
ORGANIC事業で展示会に出展したことですね。ORGANIC事業というのはまだ始めたての事業で、主には栄養価の高いジュースなどを取り扱っています。その事業単体で展示会に出展するのは初めてで、ブースの出店予算から企画まで僕に任せていただいたんです。会社として初めてのことだったので手探りで進めるしかなかったし、責任も大きかったので大変でしたね。商品が良いというのは前提で、ブースに魅力がないと見に来てもらえないと思い、会社のメンバーと話し合いとにかくかっこいいと誰もが思うブースにしようと細部にこだわって作りました。実際の気を置いたりして。その甲斐あってかその展示会で1番集客できたんです。すごく達成感を感じました。やはり仲間と何かを作りあげることは大きなやりがいを得られますね。
―社長の印象についてお聞かせください
新しいことをドンドンやりたい人という印象でしょうか。とにかく挑戦を続けます。弊社は元々製造業を長く営んでいたのですが、その後時流に合わせて不動産賃貸業を始めたんです。正直その不動産賃貸業をしていれば安定した収益が見込めたのですが、それだけでは物足りなかったそうで、FUN FOOD事業というポップコーンを扱う事業を始めたんです。近年ですとORGANIC事業も始めましたし、また新しい展開を考えているようです。僕自身もそのような社長の姿勢を見習っていきたいと思っています。アメリカ出張に行ったときに見つけたヒントをもとに、例えばシェアオフィスの運営ですとか、新しいことを仕掛けていきたいですね。
―宮澤さんの大切にしている考え方を教えてください
自分の会社の理念やビジョンに自信をもって仕事をするということです。これは社長もよく口にしています。なので僕もその方向を見て仕事をするように心掛けています。弊社の現在の理念は「FUN FOODで地球を幸せにする」ことです。ポップコーンは笑顔を作れる食べ物です。作る過程も魅力的ですよね。ポンポンと楽しげな音が弾けてポップコーンが溢れてくる。ただポップコーンはジャンクフードに分類されます。なので健康に良い物であればより良いですよね。そうやって改良を加え続けて、弊社の理念である、「FUN FOODで地球を幸せにする」ことを実現したいですね。僕自身、このような大きなことにやりがいを持って取り組めていることを嬉しく思っています。
■監修企業からのコメント

株式会社大泉工場 代表取締役社長 大泉寛太郎

噴出し左
まず大泉工場様のホームページを拝見して、こんな100年企業があったのかと驚いたことを鮮明に覚えております。私の中では100年企業といえばこれまで積み重ねた歴史の上にある信用や顧客基盤をもって同一の事業を継続されているというイメージでしたが、大泉工場様のように大胆な事業展開をされている企業様もあったのかと。実際に取材をさせていただいた際も大泉社長、宮澤様の勢いに終始圧倒されました。今後のご活躍、要チェックです!
■掲載企業コメント

株式会社大泉工場 代表取締役社長 大泉寛太郎

噴出し右
取材を終えた感想
この度は取材をしていただきありがとうございました。僕自身の大切にする思いや会社に対する考えを話せたのは貴重な機会であったと存じます。この思いを軸に、今後も面白い取り組みを続けていきます。
株式会社大泉工場
代表取締役社長 大泉寛太郎
1917年 東京都台東区龍泉寺町に大泉工場を創立
     電動装置用品の製作を開始(創業)
1922年 川口市金山町に工場を移転・拡張
1930年 川口市領家に機械工場及び鋳造工場を増設し
    一貫体制整備
1938年 400,000株を以て株式会社大泉工場設立
    資本金20,000,000円
1960年 プランマーブロックの日本工業規格(JIS)
    表示許可工場となる
1976年 プランマーブロック工場建て替え
    自動ラック倉庫確立
1990年 日本ロジテムB棟倉庫設立 賃貸借スタート
     東日本急行C棟倉庫設立 賃貸借スタート
1993年 日本ロジテムA棟倉庫設立 賃貸借スタート
1999年 菱食B棟倉庫設立 賃貸借スタート
2000年 菱食A棟倉庫設立 賃貸借スタート
2008年 伝動機工場閉鎖(これを以て製造業終了)
2009年 OKS FACTORY/GARDEN事業スタート
2010年 ポップコーンを中心としたFUN FOOD事業
    スタート
2014年 ジュースを中心としたORGANIC事業スタート
創業年(設立年) 1917年(1938年)
事業内容 不動産事業
FUN FOOD事業
ORGANIC事業
所在地 埼玉県川口市領家5丁目4番1号
資本金 2,000万円
企業URL http://www.oks-j.com/

※このサイトは、取材先の企業から提供されているコンテンツを忠実に掲載しております。 ユーザーは提供情報の真実性、合法性、安全性、適切性、有用性についてイシン(株)は何ら保証しないことをご了承ください。 自己の責任において就職、転職、投資、業務提携、受発注などを行ってください。くれぐれも慎重にご判断ください。

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